海、流、溶
身体の中心で、ドクドクと薄い壁を誰かに敲かれているようなこの感覚。それは、唐突にやって来る。余り気持ちの良いものではないが。
伝えたい想いは確かに在るのに言葉が出てこない。
「お願いだから言葉だけは奪わないで、言葉だけは」―そんな叫びさえも、今となっては胸の鼓動に替わってしまった。どうやら僕と、僕との距離0.01ミリの君にしか聴こえない様だ。
夕方の空、静かな海、霞む視界、全ての境界線が曖昧になる。
生温い風が頬を撫でる。耳元ではビールの缶が転がる音がした。
このぼんやりとした頭では、四捨五入することすらままならない。
「いっそ2万キロ離れていたかったよ」声にならない声は、またもドクドクと響く音へと姿を変えて、海に流されていく。それがゆっくりと溶けていくのを、ただ必死に目で追うことしか出来なかった。